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75.美術は見るものではなく、読むもの

西洋美術を読み進めて見つかるもの

 ・・・・・私たちは18世紀以前の絵画を、美術館や展覧会で見てきた。見てきたつもりだが、実は「目にした」だけで何も見えていなかった、理解してはいなかった・・・・・。「美術は見るものではなく、読むものです」「感性で近代以前の西洋美術を見ることなど不可能です」著者は最初にそう宣言して、西洋絵画に描かれた「メッセージや意図」を、古代から中世そして19世紀の印象派まで、解りやすく・・・・・語っていく。・・・・・宗教や歴史や文化に関する膨大な知識を踏まえて解説・・・・・キューピッドと天使はどう違うのかを、ギリシャ時代の神話とキリスト教の違いから解き明かし、長く聖母子ばかり描かれてきた宗教画だが、なぜフィレンツェにおいて父親も加えた聖家族が描かれるようになったかを、社会背景や経済的豊かさの観点から説明する。・・・・西洋美術を支配してきたのが宗教であることは誰しも知っているが、宗教的メッセージを絵画で表現してきた歴史を持たない日本人は、「宗教的」ということだけで拒否反応を示すというか、素通りしてしまうところがある。しかしそれは勿体ないことで、「読み解く」ことで明かされるのは宗教そのものではなく、「時代」であり当時の「社会」や「人間」なのだ。製作者は宗教的な意図やメッセージを作品に潜ませた(いやあからさまに表現した)にしても、現代の鑑賞者は、その意図やメッセージを通り越して、奥に広がる時代と社会を覗くことが可能、つまりは「絵画は窓」であり、決して板や布や壁に描かれた対象物では無いのだ。・・・・・。

~書評「名画の言い分(木村泰司著)」(高樹のぶ子評)<毎日新聞(11.8.28)>より~

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