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48.ネット右翼が生まれる理由は?

落ちこぼれてしまう、当事者になれない、という不安・恐怖の中で、<自己を肯定できる要素=自分も必要とされていると思える要素>を日本人であるということにしか見出せない若者が増えているから。

 

右傾化する「自分探し」 中村岳志的 アジア対談

   中村岳志(なかじま・たけし)北海道大助教授(アジア研究)。1975年生まれ。著書に『中村屋のボース』など。

   雨宮処凛(あまみや・かりん)作家。1975年、北海道生まれ。小学生のころからいじめを受け、自殺未遂や家出を繰り返す。高校卒業後、東京で右翼団体に加入。反米という点で北朝鮮やイラクにもシンパシーを抱いた。最新作は『パンギャル ア ゴーゴー』(講談社)。ほかに『自殺のコスト』『暴力恋愛』『EXIT』など。

 中島岳志さんが今、もっとも危ぐするのは、一部の俳優やインターネット上に見られる、若者の「自分探し」が過激な右傾化につながる現象だ。・・・・・今回の対談相手、作家の雨宮処凛さんは、元祖「自分探し右翼」的人物。・・・・・・【構成・鈴木英生、写真・馬場理沙】

 中島 映画「新しい神様」(原注:右翼パンクロックバンド時代の雨宮さんを追ったドキュメンタリー。土屋豊監督、99年作品)で雨宮さんを知り・・・・・・ました。雨宮さんはいじめと自殺未遂から右翼運動に救いを求めた。・・・・・雨宮さんは、「団結できるもの」を求めて右翼になった。そのころをどう振り返りますか。

 雨宮 狂っていたとは思います。右でも左でもいいから、手っ取り早く破壊衝動を満たしてくれるものがほしかった。ただ、右傾化しているとされる今の若い人と違うのは、当時、愛国という言葉はとてもマイナーで、反権力・反権威だったんです。愛国パンクが反抗の音楽として成り立っていた。

 中島 僕たちやその上の世代にとっては、ナショナリズムや愛国心を唱えることが不謹慎でマイナーだったからこそ、それで得られるものがあったのだと思う。でも今は、「東京裁判史観」批判や靖国参拝がメジャーになった。右翼的なヒップホツプの曲が、靖国神社の作ったCDに入っていたり。ネット上での右派的な言葉も、もはやある意味メジャーで、なのに本人たちはそれを抵抗だと信じている。その流れの中で、雨宮さんは逆方向に向かっています。

 雨宮 今ば左翼ですから(笑い)。アンチじゃないと私は意味を感じられないんです。ただ、フリーターから右翼になった経緯は、今の人と近いかもしれない。自分がどこにも所属していない不安感があったけど、右翼になった途端「自分も必要とされている」と思えましたやはり、ナショナリズムは雇用不安と関係があると思う。今、フリーターのルポを書いていますが、彼らは自分を肯定できる要素が日本人であることしかなかったりする・・・・・・当事者であるとは、言い換えると自分が主体的に、社会に関(かか)わっていると思えることです。でも、本当の当事者になれることなんて、多分ほどんどない。だから、そうなりたい気持ちを靖国神社やら何やらに動員される。でも、たとえばフリーターでネット右翼の子から、下手にその気持ちを取り上げたら自殺しかねない。今の人は、それくらい追い込まれていると思う。

 中島 ここでいう当事者であることとは、「大きな敵がいること」と言い換えてもいいでしょう立ち向かう相手が大きいほど当事者性は強くなる。・・・・・・自分探しとは、哲学的に言えぱ「存在論的問い」のことで、これには終わりがありません。.自分探しは大切だと思う。だけど、それが今の日本では右派の暴カにまで結びつきかねない。しかも、それを食い止める答えを誰も持っていない。

 雨宮 究極の答えは、話を「生きさせろ」の一言に持ってゆくことだと思うんです。今、「プレカリアート運動」というものに関わっています。プレカリアートは、プレカリオス(不安定な)とプロレタリアート(労働者)を合わせたイタリア生まれの造語です。経済の新自由主義化により、世界中でこうした層が増えていると主張している。二ートやフリーターもプレカリアートだと。具体的には雇用問題なんかを訴えている。でも理念的には、無前提な生存権を要求しているんです。つまり今、人は何か条件付きでしか自分の生を生きていると思わせてもらえない。学校で良い成績を取り続けたり、正社員になって出世競争に励んだり。そこからこぼれ落ちれぱ、さっき言ったみたいなネット右翼になって中韓をたたいたり、さらに自傷行為やネット心中をしたり。特に後者は「お前が苦しいのはお前のせいだ」と自己責任論を刷り込まれ、怒りが全部自分に向かっている。そのどん詰まり感がひどい。その状況をどうにかしろと。それと、プレカリアートという言葉は耳慣れないせいか、この運動は左翼だと思われにくいんです。だからネット右翼でも、すんなり「自分はプレカリアートだ」と、今までとは違うアイデンティティーを持てる。これも大きな物語ですが、そこにはまだ、希望があると思う。

 中島 最後に、右翼から離れ、北朝鮮とも距離を置く今の雨宮さんが立っている場所はどこなんでしよう。

 雨宮 一生、自分を探し続けてもいい開き直りの場所というか……。結局、何かにはまったり、世界の中心に自分がいると錯覚できることが、生きている実感を一番与えてくれるんです。そういうことをやり続けるしかない。

 中島 自問し続けることが大事なんですね。そのためにも、敵を作って事足りるだけではない議論の場が必要だと。お互いが「なんかへんだなあ、こいつ」と思っていても、存在を尊重し合えるようになる。それしかないのだと思います。

 <人名の太字は原文通り。それ以外の太字(赤字)は引用者が強調するためにそうしたものです。>

    毎日新聞 06/10/23()夕刊

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