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34.国鉄の分割民営化――振り返れば、これが日本が狂い始めた起点だった!  

 (文中の太字は文引用者が強調のためにそうしたものです。)

民営化という暴走電車

          金子 勝(慶応大学教授)

 JR西日本の尼崎事故<引用者:05(H17)年4月25日の事故>は、107人もの死者を出す大惨事となった。柳田邦男「JR尼崎事故破局までの『瞬間の真実』」(現代7月号)は、被害者の証言によって現場の状況を一つひとつ再現し、そこから原因を追究している。丁寧で粘り強い分析が説得的だ。

 柳田は、運転土の集中力を奪った原因として、「『日勤教育』という名目」の「科学的安全対策に逆行する旧態依然たる威圧的厳罰主義」をあげ、また「経常利益は九九年以降上昇を続けている」にもかかわらず、「新型のATS―P(自動列車停止装置)増設に対する設備投資」が低いという、会社の「利益優先主義」をあげる。さらに、事故の死傷者数を減らす「サバイバル・アスペクツ」が大事だとして、車両軽量化の与えた影響を重視し、今回の事故で「生と死を分けた条件」をきちんと調査すべきだとする。

 91年の信楽高原鉄道事故でも、安全軽視の過ちを認めず社会的責任を回避しようとしてきた経営者たちは、事故原因を運転士のヒューマンエラーに帰そうと必死になる。JR西日本現役運転士の匿名座談会「現場は何を求められてきたのか」(世界7月号)は、現場の恐怖政治の実態を生々しく伝えている。「日勤教育」だけではない。「ヒヤリハット(ヒヤリとしたりハッとしたケース)」を見つけるのは、安全のためではない。実際には「社員をチェックするため」に「ヒヤリハットを一日三件みつけるのが、係長のノルマ」となっており、しかも「見習い運転士を教える指導操縦者」から組合員のベテランが排除され、「運転土経験三年ぐらいの、二六、七歳の運転士に指導させている」。この異常な労務管理は、国鉄民営化に端を発する

 野田正彰「惨事はなぜ起こったのか 検証・尼崎列車脱線事故」(同7月号)は、「あの時、100人を超える国鉄労働者が自殺し、強制収容所もどきの人活センターに閉じ込められた。今も復職を求める1047人の国鉄マンを無視し続けている。このような国鉄解体の歴史問題は否認され、働いている人が『無理だ』と言えない会杜を造ってきた」のだという。そして、「この事故が起こる前、JRは民営化の成功例であり、今後の民営化はJRに学ぶべきだと言っていたのは誰か」と間いかける。メディアの責任は重い。メディアは国鉄民営化を煽(あお)り、その人権無視を十分に批判してこなかった。異なる意見が抹殺されれば民主主義が死に、会社や社会の暴走を止められなくなるのだ。

 多くの人は、まだ民営化や規制緩和は利益政治をなくすことができ、巨額の債務を解消できると信じている。だが、それも虚構だ。汐留や東京駅前などの「おいしい土地」が大手ゼネコンに流れた。その一方で、白川一郎によれば、国鉄清算事業団が87~98年に売却した5902㌶の約84%が自治体の特殊法人「土地開発公杜」などへ流れ、これが自治体財政を圧迫している(『自治体破産』NHKブツクス)。

 それで、旧国鉄の巨額の債務は解消されたのか。これらの旧国鉄用地売却後も長期債務は増え、結局、一般会計に移されて国民負担となった。つまり民営化の名のもとに、官僚たちによる国の財産の乗っ取り、優良資産の横流しと不良資産の自治体への押しつけ、さらに旧国鉄借金の国民による税負担が生じただけであった。実は、国鉄民営化とそれに続く土地バブルこそが、この社会が狂い始めた起点だったのだ<引用者注:6つのJRが発足したのは87(S62)年4月1日>。

 その国鉄民営化の先頭に立ったのがタカ派・市場原理主義者たちであった。民営化を進めた国鉄宮僚は、葛西敬之、持手正敬、松田昌士の「青年将校」たちであった。彼らは、分割JRで経営トッブにつき、国労潰(つぶ)しに走った。葛西はいまや憲法改正の旗ふり役だ。井手は、JR西日本の会長になり、「日勤教育」など恐怖体制を作り上げてきた。事故の原因を「国鉄末期の官僚的体質、無責任体質」に帰し、「効率を上げるのは当たり前」(5月25日付朝日新聞)と利益優先の姿勢を反省しようとはしない。そこには公共性のかけらも見られない。

 一方、政治家では三塚博、つまり小泉純一郎が所属してきた森派の元会長が精力的に動いた。その小泉首相は、いまも「官から民へ」という呪文を繰り返す。そして尼崎事故があった当日、自民党執行部と郵政民営化法案の国会提出に合意した。もはや誰も暴走を止められない。

 郵政民営化についても「国の事業だからこそ議会からの監視を受け、『官・業』癒着や無駄なコストに国民の厳しい視線が注がれる。民営化されれば、ファミリー企業群との癒着も無駄遣いも、いっそう見えにくい霧の中へと覆い隠されていく」のだ(亀井洋志「知られざる郵政ファミリー企業『腐敗の実態』」現代7月号)。

 この事故は、起こるべくして起きた。すでに15年前の著作、鎌田慧『国鉄改革と人権 JRは安全か』(岩波ブックレット)が警告を発していた。鎌田は、人権無視の国労組合員排除を民主主義の危機だと指摘し、汐留などの国鉄用地売却に群がるゼネコン・不動産業の実態を明らかにしたうえで、「三〇秒遅れても処分される。恐怖政治である…ATS…のアラームがなる。が、運転士は確認ボタンを押してなお前進する。赤信号になっていても、さらに前進し、追突する」と書いている。実はこの時から、この社会は暴走する電車に乗っていた。多くの人は、電車が壁に激突するまで、そのことに気づかなかっただけなのだ。

    朝日新聞 05/6/28()夕刊「論壇時評」

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