« 3.ファーブル昆虫記と無政府主義者<金曜トリビア①> | トップページ | 5.図書館の役割 <図書館①> »

4.コスモスは生態系危機の象徴

(文中の〔  〕内は文紹介者が補足するために追記したものです。また、太字も文紹介者が強調のためにそうしたものです。)

コスモスのない「賢治の風景」
  “秋の風物詩”、実は生態系危機の象徴     柴谷篤弘

 毎年いまごろから、私は『毎日新聞』などの文書を見ていらいらさせられる。8月19日夕刊一面(大阪)の色写真で、三重県の休耕田に蒔(ま)かれたコスモスが秋の風物詩として記事にされた。私は昨年もこれと似た紙面を見て、〔昨年〕10月20日「みんなの広場」〔(毎日新聞の投書欄)〕でそれに苦情をいった。・・・・・・実は1992年10月3日の本紙「ネーチャー・ウオッチング、生きものたちよ」でも、それに先行した9月5日の記事「コスモス、住民結ぶ野生の美」への私の批判が紹介されている。この外来人工の花を「野生」とは!私がそのたびごとに本紙に入念に苦情をいれ、どれも紙面に反映させられたが、秋が近づくとまたぞろ同じ話題が無邪気に取り上げられる。この無力感。
 
 日本の生態系で現在一番危機にさらされているのは、宮沢賢治の「風の又三郎」で典型的に代表される、平地・山地の草原だ。・・・・・・現在休耕地がふえているが、それを利用して草地を復元することが、重要な課題になっている。これらの土地は住宅・産業に転用、あるいはゴルフ場・レジャーランド・駐車場・キャンプ地などの形で経済的に利用するのでなければ、都会人に人気のあるコスモス群生地にされやすく、それが毎年飽きもせず前向きに善意で報道される。山野にもよく育ち情緒ゆたかなこの植物はメキシコ原産の外来種で、里山が代表する日本土着の生態系とはなじまない。だから秋の気配をコスモスで表現しようとすれば、目につきにくい形で日本の自然保護に害毒を及ぼさせているのだという自意識がほしい。
 
 今年、宮沢賢治生誕100年を記念する各種の催しが、かれの故郷花巻市でくりひろげられ、私も参加する機会があった。「風の又三郎」に描かれた9月下旬は、花巻祭とコスモスの花季に重なる。しかしこの童話にも、それに主題をとり、祭りと時期をあわせた内田康雄の推理小説『イーハトーブの幽霊』(1995)にもコスモスは描かれない。・・・・・・コスモスは祭りをひかえた花巻や、北上川の堤防や「イギリス海岸」の風物ではなかった。賢治の詩歌にも、ハゲイトウを中心に賢治が試みた花壇の設計にも、コスモスは現れない。しかし「銀河鉄道」につらなる「銀河(系)」と「宇宙」は、賢治の「農民芸芸術概論綱要」(1936)の鍵概念であり、コスモスは宇宙を意味するが、かれの芸術では植物コスモスはその隠喩(いんゆ)にも象徴にも使われていない。・・・・・・それにしてもコスモスのない花巻付近の東北の自然は、いまもなお私の心のなかにある日本の原風景に通じるものであった。
                
                 (しばたに・あつひろ=京都精華大学名誉教授・日本鱗翅学会自然保護委員長)

    毎日新聞 96/9/10(火)夕刊

人気blogランキングへ←1クリック応援お願いします!

« 3.ファーブル昆虫記と無政府主義者<金曜トリビア①> | トップページ | 5.図書館の役割 <図書館①> »

無料ブログはココログ