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18.<団塊世代へのエール④>団塊世代は68年の志を再び明らかにするのだろうか?!

(文中の〔  〕内は文紹介者が補足するために追記したものです。また、太字も文紹介者が強調のためにそうしたものです。

             加藤周一「夕日妄語」

 ・・・・・・幼年時代の次には、短い学生時代が来る。そこに中年が続き、人生は老年期(六〇代の定年退職後)で終わる。

 ・・・・・・社会とその成員(個人)の関係、個人が社会に組み込まれてゆく過程(社会化の過程)は常に生涯を一貫し、一定の文化の中では、時期に応じた特定の型を示す。

 社会化は全面的で速く進むこともあり(幼年時代)、多面的でゆるやかに動くこともある(学生時代)。また職場で強力な集団の圧力により、限られた領域で徹底することもある(中年層)。定年退職後には、多かれ少なかれ脱社会化の傾向があらわれ、それを負の社会化とみなすこともできるだろう。・・・・・・

 幼年では家庭、中年では職場、どちらの場合にも集団の圧力は圧倒的である。したがって行動様式も相似る。子供の場合には、社会化の不十分のため、与えられた文化の受容へ向かう。中年の場合には、社会化の行き過ぎのため、大勢順応主義へ向かう。そこから大勢順応保守主義を破る個人の、市民としての、独立の精神は、容易に成立し難い。・・・・・・

 比較的集団の圧力が弱い時期は、個人の生涯に二度あり、二度だけある。それは第一に就職以前の学生時代、第二に就職以後の老年期である。圧力が弱ければそれを破って自由にものを考える可能性も大きい。一九六八年の学生は、単なる「暴徒」ではなかった。彼らは「考えた」からである。もちろんそこにも大勢順応主義はあり、考えの未熟と誤りもあった。しかし同時に批判精神も、社会を変えようとする意志もあった。中年の保守主義者の中には、今も昔も個人の考えを捨てない人々があり、職場では発言せず、定年退職後に、その考えを明らかにする。もちろん退職後の発言の影響力は小さい。しかしゼロではない。批判精神の活性化はそこから始まる他はないだろう。

 ・・・・・・人生の三期〔(幼年時代をいわば前奏曲として、その後の学生時代・中年・老年期の三期)〕のなかで、中年層の保守主義は、女性の場合、男性の揚合ほどには徹底していないかもしれない。学生と老人と女性、もし何かが変わるとすれば、そこから変わりはじめるのかもしれない・・・・・・。(評論家)

          朝日新聞 06/2/22()夕刊

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