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16.<団塊世代へのエール②>団塊世代の奇妙な沈黙

「全歌集」刊行 道浦母都子さんに聞く

 70年代の「全共闘世代」の青春を歌い、人気を得た歌集『無援の抒情』(80年)から25年、さらに歌人生活40年を記念して『道浦母都子全歌集』が河出書房新社から刊行された。またこのほど東京で開かれた「全歌集を祝う会」には、歌人ばかりでなく作家の津島佑子さん、立松和平さん、吉岡忍さん、歌詞を書いた歌手の都はるみさんら「団塊の世代」がかけつけた。戦後生まれの女性歌人の先頭を走ってきた道浦母都子さんに、短歌にかける新たな決意を聞いた。【酒井佐忠】

 <ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳(す)かして君に逢いゆく><明日あると信じて来たる屋上に旗となるまで立ちつくすべし>。政治と愛の季節に、道浦さん自身も強くかかわり、学園紛争の中で展開されるドラマチックな青春群像を歌った『無援の抒情』は、歌壇以外の人たちをも魅惑した鮮烈なデビュー歌集だった。

 「青春の総括として、自分だけのために出した最初はわずか500部の歌集でした。歌をやめるか引き受けるか。あの時代の青春を生きていてよかったと思える生き方をしようと、歌を続けてきました。あの歌集のレッテルが私には重かったが、いまやっと自由に、自縛から放たれた気がします。」

 学園紛争以後、社会体制の大きな変化を経験し、道浦さんの歌も転換期を迎えざるを得なかった。それが第4集の『風の婚』。<人のよろこび我がよろこびとするこころ郁子(むべ)の花咲く頃(ころ)に戻り来(く)>などが代表歌となった。「それまでの社会的存在というより一人の普通の女性としての私の苦しみや悩み、結婚と別れなどを自分に正直に歌ったのです」。そして近年の『青みぞれ』は、波乱の多い彼女の生を支えた母の看取りの歌が中心だった。

 47年、和歌山市の生まれ。大阪と東京で青春期を過こした。19歳で新聞歌壇に投稿し、24歳のとき近藤芳美さんを頼り歌誌『未来』に入会した。戦後60年をほぼ同時代的に生き、それぞれの時代に沈潜する空気と自らとの違和を、平明ながら潤いのある文体で表現した集成が『全歌集』。・・・・・・

 「青春や老年期に比べると長い中年期は短歌は作りにくい。この二、三年、体調も悪く随分苦しみましたが、ここで、もう一度仕切り直し」と言う。社会ばかりでなく歌を取り巻く状況も詩の言葉も限りなく変化するが「主義や思想のない混迷の現在に、自立的に生きることができたのは、短歌のおかげ。歌は思考の回路であり、精神の支柱。これからはもっと自然に、感動したものを自由に、おおらかに歌いたい」と道浦さん。

 「祝う会」は各分野で活躍する「団塊の世代」が集合した感じで盛り上がった。「あの世代の人たちの奇妙な沈黙が続いています。いまの社会がこのままでいいはずはありません。リタイアなどといわずに、それぞれの分野でもう一度、再出発をしてほしい」とエールを送っていた。

    毎日新聞 05/5/17()夕刊

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